CBI NEWS  (2004年第3号 (抜粋) 2004年5月19日発行)


 

我が国創薬の基盤強化を目指して

 

昔、計算化学が材料設計や生体医療に新しい地平をもたらすと、強い期待が寄せられた時期があった。期待通りに有効であったかどうかの議論はさておき、遺伝子解析やシグナル伝達系、蛋白質構造予測、QSAR、結合予測等々、データーベースを基礎とする解析手法、すなわち Bioinformatics、は飛躍的に発展したと言えるのではないだろうか。他方、創薬の分野における理論計算化学の従来の応用は、電子状態計算ではドラッグ低分子のみに着目した解析が主となっていたが、蛋白質、酵素などの生体高分子においては、古典力場を基礎とする、構造解析、振動解析、自由エネルギー、結合予測計算などで一定の成果があげられてきた。更に、ドラッグ低分子のみでなく、蛋白質、核酸、酵素など生体高分子の電子状態計算が可能になれば、水素結合やプロトン移動、電子移動を始めとする現象や、それらに関連する構造や結合相互作用の精密解析を始め、酵素などの反応シミュレーションまで可能となると期待される。創薬研究を目指した取り組みの中で、理論計算化学は、Bioinformatics と並んで CBI学会の基盤となる学問であり、研究講演会、年次大会、CBI Journalにおいても、このテーマは中心的なものとなっている。  

CBI学会では、既存の研究紹介とは別に Grand Challenge と呼ぶ研究開発事業として蛋白質の計算を視野に入れた大規模計算の実現を支援してきた。古典力場分子動力学専用計算システムから、今では FMO 法として広く知られる北浦和夫博士によって理論的な基礎が確立された非経験的分子軌道計算手法までを応援して取り上げて来た。同博士のチームと中野達也博士のチームの協力でプログラム開発が進められ、ABINIT-MP、 GAMESS、 PEACH等、蛋白質の第一原理分子動力学法にまで発展してきている。幸い FMO は多くの研究者の関心を集め、プログラム開発の輪は CBI 外部へ大きく広がっている。  

こうした実用的な大規模計算の開発の状況の下で、CBI学会として計算化学に如何に取り組むべきかを模索してきた。その一環として、法人会員である製薬企業へのアンケートを試みた結果、有効回答が多くなかったにもかかわらず製薬企業の計算化学への期待や取り組みにはかなりバラツキがあり、研究者が計算化学の教育講座に参加する余裕は少ないこと、Virtual Screening の有効性は認めるもののリード化合物をつくる技術としては物足らなさを感じていること、などの状況が見えてきた。しかし、製薬企業は多くのパッケージソフトを購入していることや、クラスター計算機など大規模計算環境を整備している製薬企業研究所も少なくないことも見えてきた。  

CBI学会として啓蒙や情報提供を越えて研究開発の領域に踏み込むとすれば、「創薬で有効な In Silico Lead Generation Tool の開発」ではないかと考えるが、そうした開発には、創薬現場にいる Medicinal Chemist と計算技法の開発者との深い対話と協力が必要である。しかし一般に新規の手法は、世間の認知がすすみ software house が package に取り込むまで、開発者と創薬現場を繋ぐ場が少ない。そこで、 CBI学会は新しい創薬 Tool に結び付きそうな手法について協力の場を提供する事が重要ではないかと考え、産業技術総合研究所、京都大学とタイアップし、こうした目的の計算化学研究会(仮称)の設立を模索している。本年03月19日の Workshop: In Silico Lead Generation では、さまざまな視点から、この主題について議論した。続いて、来る06月24日には、「創薬研究における蛋白質大規模計算の可能性」と銘打って第243回CBI学会研究講演会の開催を予定している。蛋白質の電子状態計算から、構造形成と疾患との関係までを扱い、今後、発展が期待される話題なので少しでも興味をお持ちの方はぜひご参加いただきたいと思う。また、計算化学研究会では近々、FMO法プログラムの実習も、企画しているので、ご興味のある方は連絡いただきたい。

神沼二眞(広島大学)
上林正巳(産業技術総合研究所)