CBI NEWS  (2004年第4号 (抜粋) 2004年6月24日発行)


 

第242回CBI学会研究講演会
「Cytochrome P450の分子計算」報告

 

今回の講演会は「Cytochrome P450の分子計算」というテーマで、Cytochrome P450(CYP)の分子計算の最前線で活躍しておられる内外の先生方を講師にお迎えし、2004年5月19日に(株)富士総合研究所本社大会議室で行われた(世話人は神戸大学の田中成典教授と報告者)。これまでの生体高分子シミュレーションの講演会ではタンパク質やDNA一般に注目し、規模を全面に押し出した企画が多かったが、今回はCYPに特化した縦割りの企画であった。低分子レベルのモデル系での精密電子状態計算、460残基におよぶCYP全体を考慮した古典MD計算、また代謝化合物に注目した低分子からのQSAR解析、など目的を同じくし、さまざまな方向からのアプローチを行っている研究者が一同に介し、CYPの分子計算の現状について議論を行った。

 まず講演に先駆けて、長年三共でX線結晶解析に携わってこられた畠忠先生より、「創薬現場からの三次元座標の利用に関するコメント」として、ドラッグデザインの立場からのCYPの位置付け、構造情報の利用法などに関する概要を御説明いただいた。御講演では、まず徳島大学薬学部の中馬寛教授から、「P450阻害剤の古典的QSARから "Structure Based 3D QSAR" 解析へ」と題して、CYPをターゲットとする殺菌剤の開発に主眼に置いたQSAR解析による低分子化合物からのアプローチの現状を御説明いただいた。次に九州大学先導物質化学研究所の吉澤一成教授より、「シトクロムP450によるカンファーの水酸化に関する反応経路に関する理論的研究」として、一原子酸素添加酵素としてのCYPによる水酸化触媒反応の詳細な反応機構について、ヘムとシステインからなるCYPモデル触媒を用いた非経験的分子軌道計算の結果を御紹介頂いた。休憩を挟んでアムステルダム自由大学のDr. K. Anton Feenstraより「P450-BM3の基質結合性と活性の理論的予測」の題で、CYPの古典分子動力学計算結果を御紹介いただいた。CYPの各変異体ごとの基質結合部位特異性、活性化エネルギー、さらには生成物比や反応速度定数まで、理論予測の手法が提案された。さらに、産業技術総合研究所生命情報科学研究センターの塚本弘毅博士から、「一酸化窒素還元酵素Cytochrome P450nor の反応機構」として、電子状態計算により、一酸化窒素還元反応の各過程におけるヘム鉄、ヘムポケットの役割を明らかにする試みが示された。最後に千葉大学大学院薬学研究院の畑晶之博士から、「CYP3A4による薬物代謝機構:特にカルバマゼピンエポキシ化について」を題とする講演があり、薬物代謝酵素としてのCYPに注目した、カルバマゼピンのエポキシ化機構、およびステロイドとの相互作用などの解析例が紹介された。

 以上5つのご講演により、CYPを標的としたStructure Based Drug Designおよび、CYPの酵素反応機構の解明と創薬への応用に向けての現状が明らかにされた。続く総合討論にでは、今後の生体高分子シミュレーション研究における計算手法や計算機の問題点が提起され、また溶媒の重要性なども議論された。CYP サイエンスの新しい局面を切り開くために、実験との対応付けの重要性も再確認された。このように系に特化したあらゆる視点からの総合討論を活発化することで、各手法間に横たわっている障壁を取り除き、今後の分子シミュレーション研究の突破口を見出していく必要があると思われる。さらに、これらの活動を通し、CBI学会が提唱しているNR-SX計画における分子計算の位置づけや役割も明確になっていくと考えられる。

富士総合研究所  福澤 薫

講演会資料(abstract)