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10月15日(月)      10月16日(火)      10月17日(水)

10月17日(水) 講演要旨

◆大ホール

<招待講演:次世代シーケンサーがもたらした医学研究のパラダイムシフト> 10:00-11:30
岡崎 康司 (埼玉医科大学ゲノム医学研究センター)
  演題: ミトコンドリア呼吸鎖異常症を中心としたエキソームシーケンス解析
  要旨: 近年、次世代シーケンサーのシーケンス能力は格段に進歩し、シーケンスにかかるコストが従来と比べて非常に低く抑えられるようになってきた。この進歩により、これまでのような家系解析やGWASのような手法に頼らずとも病気の人のゲノムを直接シーケンスして解析することにより病気の原因に迫ることが可能となってきた。我々は、小児科のグループと共同で、ミトコンドリア呼吸鎖異常症の患者を中心として、エキソームシーケンスを行うことにより病態の解明を行っている。ミトコンドリア呼吸鎖異常症の患者では、ミトコンドリアDNAに異常が見つかる症例が約40%で、残りの60%は核にコードされた異常によると考えられてきたがこれまでは解析が進んで来なかった。現在、これらの症例に対しエキソームシーケンスを行い、バイオインフォマティクスを駆使した解析を行いながら系統的に遺伝子異常の同定を進めている。我々がこれまでに経験した症例のうち約30%は既知の遺伝子にあたり、次の約30%はミトコンドリアへの局在は示唆されているが病気としてはこれまでに報告がなく、新規の原因遺伝子であると考えられた。残りの約40%については、まったく手がかりが得られない状況であり、これらの症例に認められるnon-silent mutationの中から最終的に遺伝子を同定するべく、現在我々がアプローチを進めている方法を紹介し、エキソームシーケンスの威力と限界についても言及したい。
   
松本 直通 (横浜市立大学大学院)
  演題: 遺伝性疾患のエクソーム解析
  要旨: 遺伝的要因を解明するための疾患ゲノム解析は、技術開発と不可分で発展してきた。2005年以降いわゆる高出力型の次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer, NGS)が順次登場し、改良・発展しながら、ヒトゲノム解析の使用に耐えうるレベルを獲得した。そしてNGSを用いることでヒト疾患ゲノム解析にパラダイムシフトが生じた。
我々は平成21年よりIllumina社GAIIx、Hiseq 2000等を用いて遺伝性疾患の原因となる遺伝子変異探索を行っている。解析対象は種々の原因不明の遺伝性疾患で、エクソン領域を選択的に集積することのできるエクソンキャプチャー法を用いてNGS解析の効率化を図っている。現在のNGS解析は108-bp ペアエンドリード法を用い、1サンプルあたりのシーケンス産出は8-9Gb程度で十分な解析が可能である。この解析でエクソーム対象領域のおよそ90%が8-10リード以上でカバーできる。産出したシーケンスはMAQ、BWA、Novoalignその他市販ソフトなどのalignerを用いてマップ後、塩基置換や短い塩基の欠失・重複を検出している。一連の解析において、疾患の原因特定の鍵となるのが遺伝子変異絞り込み戦略である。多数のvariantsから疾患の原因となり得る変異候補の数を可能な限り絞り込み、その後の検証等の効率化を図ることは必要不可欠であるが、真の変異を取りこぼすリスクと常に裏腹となる。
ヒトエクソーム解析で疾患の原因となる遺伝子変異が必ず見つかるわけではない。論文などによれば50-60%前後の遺伝子変異同定率であり、現在のエクソーム解析はいわばスクリーニング系に過ぎない。変異同定への成功の鍵は、確実な症例の評価と診断、そして解析デザインである。本発表ではCoffin-Siris症候群の原因解明等を含めたこれまでの取り組みを紹介する。
   
辻 省次 (東京大学医学部付属病院)
  演題: パーソナルゲノム解析に基づく,神経疾患の分子基盤の解明
  要旨: 1980年代に,ポジショナルクローニングと呼ばれる分子遺伝学的研究手法が確立され,多くの遺伝性疾患の病因遺伝子解明の道が拓かれた。一方,頻度の高い孤発性疾患の発症には,遺伝的要因と環境要因などが絡み合って発症するのではないかと推定されている。DNAマイクロアレイが実用化され,頻度の高い1塩基多型(single nucleotide polymorphisms, SNPs)を用いた全ゲノムゲノムワイド関連解析(genome-wide association study, GWAS)が発展してきた。GWAS研究は一定の成果を収めたが,見出される疾患感受性遺伝子のオッズ比はほとんどの場合2以下であり,疾患発症に対する影響度の小さく,疾患の病因・病態の全貌を解明するに至っていない。最近の研究では,影響度の強い遺伝的要因は,一般集団の中で頻度の稀なものが多いことが見いだされ始めている。次世代シーケンサーが実用化され,全ゲノム配列解析によりこのような,頻度が稀で影響度の大きい遺伝的要因の探索が初めて可能になった。すなわち,”common disease-common variants hypothesis” から,”common disease-multiple rare variants hypothesis” へのパラダイムシフトが求められている。1人全ゲノムを調べると,SNV (single nucleotide variation) だけでも,300万個以上存在する。このような膨大な数のvariantsから,疾患発症に関連するvariantsを見出すためには,遺統計学,ゲノムインフォマティクスを駆使する必要がある。課題は多いものの,このような大規模ゲノム配列解析に基づき,脳疾患の発症機構,病態機序の解明が爆発的に発展すると期待されている。
   

<シンポジウム:がんとオミックス研究> 13:30-16:30
田中 博 (東京医科歯科大学)
  演題: がんのシステムパソロジー―転移と創薬
  要旨: がん転移のシステムパソロジー EMT(上皮間葉転換)は、がんの浸潤、転移の基礎メカニズムと広く見なされている。システムパソロジー的観点から見ると、細胞分子ネットワークの安定解である「上皮細胞解」から「間葉細胞解」への相転移と考えられる。著者らは、EMTの過程においてどのように遺伝子発現プロファイルが時間的に変化するかを、TGF-β、TNF-αを添加するとEMTを起こす網膜色素上皮細胞(ARPE-19)を用いて観測し、約4000遺伝子の遺伝子発現からARACNeアルゴリズムを用いて、細胞分子ネットワークの構造変化を調べた。遺伝子発現の協同現象が見られ、大局的な構造転換がEMTにおいて進行していることが明らかになった。
タンパク質相互作用における薬剤標的 タンパク質相互作用ネットワークの3階層構造を同定し、今後の新規薬剤の開発の可能性を検討するために標的タンパク質がどの階層に分布するかを調べた。一般に薬剤標的タンパク質は中間層から低次層(平均度数4.24)に分布するのに対して、抗がん剤の標的タンパク質は高次層(7.82)に分布した。これはがんが生殖期を終えて老化と共に発症するため、進化によって淘汰されていないためと推測された。
   
油谷 浩幸 (東京大学先端科学技術研究センター)
  演題: 肝細胞がんの統合的ゲノム解析
  要旨: 近年の次世代シーケンシング技術の進歩によりがん細胞ゲノムに生じた体細胞変異の同定が進んでいる。国際がんゲノムコンソーシウム等で進められている肝細胞がんの体細胞変異に関する解析からは、高頻度,例えば半数以上の症例に変異が認められるような遺伝子は認められず、肝細胞がんの原因が多岐にわたることを反映しているものと考えられる。  
そこで症例毎にがん細胞ゲノムに生じた異常を配列変異のみならず、ゲノムコピー数やDNAメチル化を含めて統合的に解析することが求められる。肝細胞癌100例についてDNAメチル化あるいは遺伝子発現プロファイルによってNMF法によるクラスタリングによって層別化を行ったところ、いずれも4群に分類された。さらに、腫瘍細胞含量の高い38症例についてはhybrid capture法を用いて実施したエクソーム解析では、TP53およびβ-catenin遺伝子の変異がそれぞれ10例、11例に認められた。  
遺伝子変異と遺伝子発現、メチル化プロファイルとの関連について紹介し、統合的ゲノム解析(オミックス解析)の重要性について議論したい。
   
井上 聡 (東京大学大学院医学系研究科)
  演題: 前立腺がんにおける新しいアンドロゲン標的の探索
  要旨: アンドロゲンは、ホルモン依存性がんである前立腺がんの増殖、悪性化に深く関わる。このホルモン作用は、核内受容体に属するアンドロゲン受容体(AR)によって発揮される。核内受容体は転写因子として働き、標的遺伝子群の制御を介して作用を発揮する。我々は、ARの標的遺伝子に着目し、ChIP-chip法に加え、次世代シーケンサを活用し、ChIP-seq法により、全ゲノムレベルでのAR部位、ヒストン修飾を同定した。さらに、アンドロゲンによる、転写産物の制御を知るために、CAGE法、RNA-seq法、short RNA-seq法を組み合わせ、蛋白質をコードする標的遺伝子の制御に加えて、miRNA、ncRNAなどの新しい標的を明らかにしている。本講演では、これら独自に発見した新規アンドロゲン標的因子のネットワークにおける意義とホルモン依存性がん増殖、悪性化における機能、さらには診断・治療標的としての役割について述べる。
   
浅原 弘嗣 (東京医科歯科大学)
  演題: システムアプローチによる再生・再建医療研究
  要旨: 我々 は、システミックな疾患の解析と組織の再生メカニズムの解明を試みている。まず、転写因子・転写コファクターを網羅した、ホールマウントインサイチュハイブリダイ ゼーション(WISH)データベース、EMBRYSを構築し、筋分化に伴って発現する転写因子群を同定、ノックアウトマウスおよびshRNAを用いたin vitroでの解析により転写因子Rp58が筋分化に必須の抑制因子であることを証明した。さらに、遺伝子導入ハイスループットスクリーニングを用い、 MyoDが直接Rp58を制御することを同定した。さらに、Rp58のターゲット遺伝子の一つが筋分化抑制にはたらくId遺伝子であることを同定、新しい 筋分化制御パスウエイ(MyoD>Rp58>Ids)を示した。さらに、このシステム研究を腱、軟骨にも広げることで、Mkxが腱の発生に重要であることを示した他、軟骨においては、miR140が軟骨特異的な発現を示すことをWISHで示し、その上流および下流シグナルを同定し、変形性関節症におけるmiR140の発現が減少していることと 、ノックアウトマウスの解析から、miR140は軟骨の発生と維持の両面で重要な機能を持つことが明らかとなった。以上の研究は、癌の治療における再生および再建医療研究に応用可能と考える。
   
尾野 雅哉 (国立がん研究センター)
  演題:  プロテオームのがん診断と治療への応用
  要旨:タンパク質を網羅的に解析するプロテオミクスは、質量分析計が発達し生体物質(タンパク質、脂質、糖質、代謝産物)がより簡便に解析可能になったことにより、医学、生物学の分野で活用されることに大きな期待が寄せられるようになった。われわれが独自開発した2DICAL(2 Dimensional Image Converted Analysis of Liquid chromatography mass spectrometry)は、多数検体の膨大な質量分析情報から有用な物質を選択できるプロテオミクス解析システムであり、その技術を用いて臨床血液サンプルからがん診断のための種々のバイオマーカーを開発してきた。本演題では、プロテオミクス解析システムである2DICALについて紹介し、その技術を用いて発見してきたがん診断バイオマーカーとこの技術が目指すがん治療へ応用について解説する。
   
Edwin Cheung (シンガポールゲノム研究所)
  演題:  Genomic and Epigenomic Analyses of Hormone Signaling in Cancer
  要旨:The transmission of extracellular signals into intracellular responses is a fundamentally important process in biology. Steroid and thyroid hormones are small molecules that function in signal transduction during growth and development. Any aberrations in the signaling pathways controlled by these hormones can lead to disease states. My lab is interested in understanding the underlying mechanisms of nuclear hormone signaling and how they relate to diseases such as cancer. Specifically, we are examining how steroid hormones such as estrogens and androgens regulate the transcriptional activities of the estrogen receptor (ER) and androgen receptor (AR), respectively. Using a combination of molecular and cellular techniques, as well as genomic and bioinformatic approaches, we have mapped the genome wide binding sites (cistrome), chromatin interactions (interactome), and transcripts (transcriptome) mediated by nuclear hormone receptors in cancer cells. Overall, our global and functional analyses revealed that spatial organization is an important and widespread mechanism used in nuclear hormone signaling and collaborative factors are essential molecular determinants in nuclear hormone receptor-mediated chromatin interaction and transcription.  
   
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