CBI NEWS 復刊第7号 (抜粋) 2003年9月17日発行 |
2006年までのROAD MAP 融合が提唱され始めたC,B,I 早いもので1981年より始まったCBI学会の活動は、2006年で25年となるが、その最初に掲げた理念はまったく古くなっていない。CBI学会のC(Chemistry)のめざすところは、(原子)分子からデザインするという方法論であるが、これは現在よく知られているようにNanotechnologyの中核になっている。Nanotechnologyへの関心の高まりは実は今回が初めてではない。その源流は1980年代のMolecular Electric Devices/Molecular Fabricationであり、その後の我が国のBio Computer/Biochipへの関心の高まりである。 B(Biology)はいまやGenome研究の成果を取り入れようとする新しい時代となった。本年4月、WatsonとClickのDNAの(2重ラセン)構造に関する有名な論文の出版(1953年4月23日)50周年を祝うタイミングで、ヒトゲノム解読の完了宣言がなされた。これによって、ゲノム解読計画の新しい目標を設定する作業が行われるとともに、これまでのゲノム解読の成果とその関連技術とを駆使して新しい目標に挑もうという時代精神が高揚している。これをゲノム時代(the Genomic Era)の到来と呼ぶか、ポスト・ゲノム時代(the Post Genome Era)の幕開けと呼ぶか、人によって違うが、その意味するところは同じであるように思える。 ゲノム解読作業は、研究的な色彩よりは集団作業的な色彩が強かった故に、伝統的な(分子)生物学の中では異色の存在であった。しかし、それが目標を達成し、その成果が広く公開されたことで、本来の生物学と融合してきた。それと同時に生物学とその関連科学の多くが、ゲノム解読の成果とその関連技術を積極的に取り入れて、これまでの研究を革新していこうという動きが活発である。中には過剰な期待や見当違いの思惑も見られるが、新しい時代精神は着実に浸透しているようである。 I(Informatics)は、IT(Information Technology)と呼ばれるようになったが、計算機、情報学、情報計算技術、通信技術などの進歩は、あい変わらずである。 興味深いことは、この3つの分野が相互に深く関係していることが認識されるようになり、これらの分野の融合をめざす時代精神が高まってきたことである。例えば、米国のNSFと商務省は、"Converging Technologies for Improving Human Performance: Nanotechnology, Biotechnology, Information Technology and Cognitive Science"をテーマに2001年末にWorkshopを開催し、その結果を翌年報告書にまとめている。世の中がようやくCBIのめざすところを理解し始めるところまで来たということができる。 大きな流れは捉えられても具体的な発見、新技術は予測できない それでは次の4半世紀はどのような時代になるのか、そうした未来にどう備えるべきか。こうした考察は、CBI学会を運営していく上で極めて重要である。しかし、大きな流れは読めても、具体的に脚光を浴びてくる重要な発見や技術を予測することは不可能である。その根拠としてよく上げる例であるが、1960年代の終わりに米国で行われた専門家を集めて作成された報告書、"Biology and Future of Man"のどこにも,それから数年後に起きた遺伝子組み換え技術とそのインパクトに言及したものはない。これは現在で言えば、大変な興奮を呼び起こしている技術である、RNAiを考えて見れば納得されよう。ヒトゲノム解読計画が明かした最も驚くべき事実は、遺伝子の数が少なかったということよりも、タンパク質をつくらないnon-coding RNAが多数見つかったことではなかろうか。当然、こうしたRNAがどんな役割を果たしているのかに、研究者の関心が集まっているのだが、その中でも驚くべき発見は、それらのRNA断片こそ遺伝子発現の"影のMaster Regulator"であるという、多比良教授らの発見である(本年、8月8日の研究講演会)。これに関してはNatureが特集号を組む予定だそうであるが、ゴールドラッシュに似た研究開発競争が繰り広げられる可能性は大いにある。 ヒトゲノム解読後のゲノム研究の大きな目標は、Gene Regulationであり、すでに酵母(Sacaromyces Serevisie)を用いたRegulatory Networkの網羅的な解析競争が始まっている。ただ、現在のところこのNetworkは、Bioinformaticianには馴染み深い(Complex Systemでよく知られたS. Kauffmanのbinary(switch on/off))のイメージで捉えられている。しかし、Gene Regulationには、もっとダイナミックかつ化学修飾的な機構が関与していることが次第に明らかになってきている。それがChromatin Remodelingとそれに関連したmetylation, acetylation, phospolilation, ubiqutinationである。 このようにある分野、ある発見や技術がBreak Throughを引き起こし、大きな流れをつくることは、生物学研究の歴史が証明していることである。だから、これからの生物医学が具体的にどのような姿になっていくのかは予想できない。しかし、どのような方向に向いていくのか、その時の時代精神がどのようなものであるかは、ある程度予測できるように思う。と言っても、これは未来予測の話ではなく、起きている今日の現実の中に明日を見ることである。 BioinformaticsとMedical Informaticsの連係 すでに起こりつつある現実の中でも、CBI学会にとって重要だと思われるのは、BioinformaticsとMedical Informaticsという領域の間に交流が必要であり、実際にこの2つに関連した学会の間でも交流や連係が生まれるだろうということである。このことを意識してCBI学会は、昨年度に現在の第6分野、「疾病と制御のモデル」を設けた。分子生物学的な手法がそのまま医学や医療の中で使われるようになり、ゲノム解読の進歩がそれを加速している現実を見れば、両者の接近は極めて自然のなりゆきである。これをInformaticsから見ると次のようになる。 現在のInformaticsは、1950年代、60年代の計算機工学、人工知能、パターン認識の研究から始まった。この中の一部の人たちは、この分野が物理学のような体系だった学問になっていないことの欲求不満もあって、さらなるFrontierを求めて医学に関心を移した。こうした関心と病院など医療のコンピュータ化に従事していた研究者らが合流して、1970年代初めMedical Informaticsを盛んにした。しかし、本来医療というサービスへの奉仕ではなく、科学に関心をもっていたInformaticsの研究者たちは、さらなるFrontierとして、化学、生物学に眼を移した。しかし化学においてはすでに化学本来のInformaticsが育ちつつあり、Chemometrics, Molecular Graphicsなどで両者が出会うことになった。生物学においては、もともと理論遺伝学のように実験をしない数学的な研究者がいたが、Informaticsとの交流はむしろ医学と重なる画像解析、画像処理で盛んであったが、DNAの配列決定技術が生まれた1970年代後半からは、sequenceのデータ解析、生体高分子のGraphicsが盛んになった。自然科学の中でInformaticsの最後の標的は、物理学であるが、Quantum Computingの話がようやく現実的な技術の問題として論じられ始めた現在、この両者の境界領域の研究も活発になるであろう。 こうしたInformaticsの歴史を見ると、そこに常に葛藤があった。Informaticsがめざした固有の学問的課題の探索と、医学、化学、生物学へ奉仕する者であるという意識である。そうした関係においてなおInformaticianがそれらの分野を仕事の対象とするのは、より普遍的な学問としてのInformaticsの内容を豊かにするような応用的な題材に出会えないかという期待である。だからInformaticsには役に立つことへの期待と学問としてのInformaticsの幅を広げかつ深める題材を探すという思惑がある。厳しい見方をすればInformaticsは50年代、60年代より本質的に進歩していない。進歩したのは応用領域を広げたことだけだという見方もできよう。我が国の大学のBioinformaticsの教程がすべて時限付というのも、Informaticsという学問が応用に過ぎないというような意識があるからかもしれない。 上で述べたような遍歴を実際に重ねた者として、Bioinformaticsが将来Medical Informaticsとの連係を強めなければならないのは、歴史の必然であるように見える。 つくる生物学の時代 物理、化学、生物学などの自然科学の研究は、まず自然の秘密を探る真理の発見を目的として行われ、次にその成果をものづくりに応用するという流れになっているという考えが支配的である。しかし事実はその反対に近く、ものづくりを進めていく過程から科学が生まれてくる事例も少なくない。例えば、化学の中でも有機合成化学は、応用から研究対象が次々を生まれてくる。巨大分子が集まってできた情報機械である生命を研究する生物学にも、工学的な要素が本質的に含まれている。生物学の原理的なことは、種で異なることがあり、新しい生命の部品づくりや生命そのものをつくるということになれば、研究は無限に広がる。ゲノム解読の完了宣言は、つくる生物学の時代の幕を開けたとも言えるだろう。 医薬品研究の広がり CBI学会の財務を支えている重要な会員は製薬企業と、そこに研究開発支援製品、サービスを提供している企業である。これらの企業の意向や、医薬品研究開発の時代の変化に関しては、CBI学会は当然注意を払い、会員の満足度を高めるべく、自己改革を続けて行かなければならない。これについて配慮するのはもちろんであるが、意識的に努力しても、会員の声を聞くことはそうやさしいことではない。さらに、経営学者P. Druckerに流に言えば、現在会員でない人々、特に潜在的な会員の声を聞くことが重要であるという。CBI学会の潜在的な法人会員といえば、健康食品、化粧品、材料素材などの開発と安全性に関わっている企業が考えられる。これらの領域もゲノム研究の成果を取り入れて革新されようとしている。例えば、Nutraceutical, Nutrigenomics, Toxicogenomicsなどの新語の登場はそうした事情を物語っている。G.Venterは、腸内細菌叢の網羅的なゲノム解析を狙っているというが、これも食品の効用解析の基礎技術であろう。また、1980年代の第1次のバイオ・ブームで話題となった微生物、昆虫、植物の改変技術による医薬品生産の夢も復活している。こうして見ると、明日のCBI学会会員の幅が広がって当然であろう。 社会的な要因 これからの研究開発は、これまで以上に成果の社会還元や社会的な意義を意識せざるをえないようになるであろう。医薬品で言えば、上市されてからの追跡と分析がより重要になり、そうした情報をDrug Designerに直接フィードバックする時代がやってくるような気がする。また、よく言われるように医療費の高騰は、予防医学への傾斜を強要するようになり、現在のところ法律的には存在しない「予防薬」の開発が盛んになるだろう。 数値目標 近頃、Manifestとか数値目標などが流行っているが、運営の裏方である事務局も、上記のような時代の流れを意識しながら運営のためのおよその数値目標を設定している。まず、個人会員数は、現在約400名であるが、04年(末)で600名、05年で800名を努力目標としている。法人会員は、現在37社であるが、05年で40社を目標としている。活動としては、研究講演会、年次大会、Journalの刊行、それらの支援である。 このうち研究講演会は、ほぼ月例(年間12回)の開催、毎回の講師3-4名、参加者60-120名ほどである。会場と参加者の数の関係もあり、現在のやり方では、今後もこれらの数字が大きく変わることはないだろう。大会の指標は、参加人数、招聘講師数、一般からの投稿論文数であるが、これまでの実績は、参加人数300-450名、招聘講師数約30名、投稿論文は60-150報であった。これを参加人数500名、投稿論文200報に増やすことをめざしている。CBI Journalは、年間の投稿数が20報程度で推移しているが、技術やマシン環境など出版のための基盤が整備された現在、年間30-40論文の掲載が次の目標であろう。新たな活動として教育講座、研究開発に関しては、まだ、具体的な数値が見えていない。 一方、会運営の基盤となる年間予算(収入)は、基本収入が1200-1400万円、大会のための収入が、400-600万円である。このうち個人会費は、これまでは年間、数十万円以下であったが、本年は150万円程度を見込んでいる。しかし、依然として主たる財源は、法人賛助会費(現在で、1,100-1200万円程度)である。 諸活動のうち、大会の開催は実行委員長の下に設けられた大会のための事務局によって独立した形で運営されようになってきている。Journalの刊行では、委員長に負担が集中しているが、編集、刊行、広報、広告募集(財務)など、目的ごとの機能を充実する必要があろう。研究講演会を含め、それ以外の仕事は事務局が会長(現在は多田幸雄氏、大鵬薬品工業株式会社)と密接に連絡を取りながら直接支援する体制をとっている。現在、事務局がもっとも困っているのは、(1)研究講演会の企画、(2)財務、の2点である。 研究講演会は回数も多く、話題も不易と流行のバランスをとるようにしているが、よい企画を考え、それにふさわしい講師の方を毎回3-4名お願いするのはかなり大変な作業である。財務に関しては、年間であと500万円の余裕が欲しい。現在の収入を維持することでも、事務局のスタッフは精一杯の努力をしている。だがこのレベルの努力には限界がある。特別な見識や人脈をもった財務の専門家に理事として加わってもらうことができれば理想的であろう。 言うまでもないが、すべての活動は資金と連動している。どんなに良い企画案でも実行するための資金がなければ現実と妥協せざるをえない。この意味では財務の問題は大きな比重を占めており、法人賛助組合の代表(現在、堀内正氏、第一製薬株式会社)にはいつもご尽力をいただいている。 日本学術会議への参加を契機として、CBI学会は「個人単位で参加する」という組織としての整備が進んでいる。会が上で述べたような数値目標を達成できたとすれば、06年からはかなり安定的な学会になるであろう。その頃は、会長の選出方法、役員の選出方法、事務局の運営を含め規約を全面的に見直すよい時期になるのではないか。CBI学会が自己改革を続けていかれるかどうか、05年から06年頃がまた大きな節目となるように思われる。 不易と流行 昔R. Feynmanは、量子力学を本当に理解している人間はいない、と講義で言った。同じように、情報学のめざすところを理解している人間、あるいは考えている人間はほとんどいない。Chem-Bio Informaticsを学問領域と考えた時、化学や生物学に奉仕する応用の学とだけ考えるのは、実は正しくない。それでは、学問としての独自性は何か、実験家に奉仕する単なる応用以上の何があるかを考えていくと、かつてA. TuringやJ. von Neumannらが提示した問題に行き当たる。それは物理学の観測の理論、発展系の理論、生命とコンピュータの相似と相違、知性の根源などにつながる。こうした根源的な問題と医薬品を開発するというような実用的な方法論が混在しているところに、学問としてのCBIの面白さがある。 流行のテーマには金(国の予算)が投じられるから、人が集まってくる。しかし、不易のテーマはそうはいかない。ここで人を惹きつけるのは学問的な好奇心である。CBIの不易の部分の面白さと重要さを指摘しているのがF. Dysonである。CBI学会が2006年を迎え、さらに次の4半世紀にも発展を続けていけるかどうかは、新しい流れに敏感に反応して自己改革する勇気と、流行の中に不易を見る智慧にあるように思われる。(神沼二眞) |
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25周年記念事業について
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「2006年までのROAD MAP」でも述べたように、CBI学会の活動も25年の区切りをつけるような時期に来ている。そこでCBI学会のこれまでの活動を総括し、新しい25年間の活動の基礎とすべく、次の3つの事業を計画している。 |
日本学術会議の代表者選出について
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CBI学会は、お蔭様で昨年9月に第19期日本学術会議会員選出に係る学術研究団体として登録されました。会員選出までの運びは以下のとおりです。 |