CBI NEWS  復刊第8号 (抜粋) 2003年11月06日発行


 

NIHのRoadmap

 

所長が交代したNIHの将来像が話題になっていた(Nature 31 July, 2003, pp.475-476)。NIHは、傘下の27研究所を動かして自ら研究を行うと同時に外部の研究者に研究費も配分するという2重の役割を果たしている。政治と行政と科学技術の狭間にあるこの巨大研究機関は、世界の生物医学界に最も大きな影響を及ぼす存在である。5月に就任した新所長のElias A. Zerhouniは、1951年の生まれで、専門は放射線医学とくにコンピュータ撮像法(Computerized Axial Tomography)である。  

新しいRoadmapは、これからの10年間でNIHが追求することによって、米国だけでなく世界の医学の進歩に大きな影響を与える課題は何かについて新所長と傘下の研究所長を含む多数の専門家が会合を重ねて検討した結果作成された。このRoadmapを策定するにあたっては、個別の研究所では不可能でNIHでなければできない研究、NIHをNIHたらしめるような、次の10年の生物医学史を変えるような成果が期待できる研究、現在の科学技術の先にある課題、進歩を妨げている要因、それらを克服する手段、などが考慮された。  

9月に発表された新Roadmapは、生物の理解を深めること、学際的な研究チームを活性化すること、医学の発見を加速し人々の健康を改善するような臨床研究を再構築すること、という3つの目標を統合したものである。この3つの目標Themeは、New Pathways to Discovery, Research Teams of the Future, Re-engineering the Clinical Research Enterpriseである。このうちNew Pathways to Discovery は新しい研究目標に関するものであり、Research Teams of the Futureは異なる部門にわたる研究、官民の共同研究など研究体制の改革であり、Re-engineering the Clinical Research Enterpriseは基礎研究から臨床研究への円滑な移行を実現する体制改革に関するものである。我が国の産学官の連携、Translational Researchなどに一脈通ずるところがある。  

研究目標であるNew Pathways to Discoveryで挙げられているのは、以下の5課題である(下記の番号は筆者が便宜的にふったものである)。

  1. Building Blocks, Pathways, and Networks 
    Implementation Group
    ・National Technology Centers for Networks
    and Pathways
    ・Metabolomics Technology Development
    ・Standards for Proteomics and Metabolomics/
    Assessment of Critical Reagents for Proteomics

  2. Molecular Libraries and Imaging Implementa-
    tion Group
    ・Creation of NIH Bioactive Small Molecular 
    Library and Screening Centers
    ・Cheminformatics
    ・Technology Development
    ・Development of High Specificity/High Sen-
    sitivity Probes to Improve Detection
    ・Comprehensive Trans-NIH Imaging Probe 
    Database・Core Synthesis Facility to Produce Imag-
    ing Probes

  3. Structure Biology Implementation Group
    ・Protein Production Facilities

  4. Bioinformatics and Computational Biology 
    Implementation Group
    ・National Center for Biomedical Computing

  5. Nanomedicine Implementation Group
    ・Planning for Nanomedicine Centers

 第1の課題はいわゆる-omicsに対応するものであるが、さすがにTranscriptomeやMicroarrayではなく、Proteomics、Metabolomics, pathways/networksが強調されている。第2は生体計測や医薬品の開発の基礎となる分子の基盤libraryをつくろうという課題であり、今回のRoadmapの目玉のように見える。ここではNIHにHigh Through-put Screening (HTS) のための低分子化合物libraryとScreening Centerを設置しようという計画が述べられている。ここにはStuart L. Schreiber(Harvard University)のChemical Genomicsの影響が感じられる。またそうしたlibraryを公開するとある。すでに抗がん剤開発のための培養細胞を使ったNational Cancer InstituteのScreening系は良く知られているが、それを拡張したものとも見ることができる。興味深いのは、Imaging Probeの開発やデータベース化が掲げられていることである。たしかにMicroarrayのCy3/Cy5のような蛍光色素、GFP (Green Florescent Protein)など、生体計測、細胞計測に新しい可能性を開いた。こうした基盤分子を組織的に開発するのは地味だが意義があるだろう。ここでは新所長Zerhouniの前歴が影響しているように感じられる。さらに、Cheminformaticsもある。  

第3は、"a strategic effort to create a gallery of molecular pictures f the shapes of all different types proteins of living things"とある。そのためにはタンパク質を迅速、効率的に研究者に供給できる体制が必要である。そこでタンパク質生成技術の開発を支援する。第4は、"will create a national software engineering systems. Through a computer-based grid, biologists, chemists, physicists and computer scientists anywhere in the country will be able to share and analyze data using a common set of software tools." そうした基盤システムの開発者は、利用者が自分のオフィスからアクセスできるよう"the system will resemble that of the integrated software packages for office tools installed on most home computers today, in which information can be traded seamlessly between software such as spreadsheets, word-processing and e-mail programs."と述べられている。第5のNanomedicineの目標は、まず小規模のNanomedicine Centerを複数設立し、biologist, physician, mathematician, engineer, computer scientistを含む学際的な研究者を集め、分子機械がどのような組み立てられているかに関する広範囲の情報を収集する。この最初の期間で重要なのは、生物の部品や過程を工学の言葉で理解するための新しい言葉(lexicon)をつくることである。  

NIHの新RoadmapをCBI学会の視点で見てみよう。いずれも話題としてはそう新しい驚くような内容ではない。例えば、第4番の計算環境づくりなどは、Internetが使えるようになってすぐわれわれがCBI学会の上林正巳理事(産総研)らと提案したVirtual Computing Labそのものである。(当時の科技庁振興調整費への応募はもちろん採択されなかった。)だが、全体にHuman Genome Projectが終了した時代の新計画という雰囲気は感じられる。それは第2課題が物語っている化学の重視である。「Genome解読が終われば化学の新しい時代が始まる」とは、CBI学会の石川智久理事(東工大)の予言であったが、それが現実になってきた。Bioinformaticsだけでなく、Cheminformaticsが語られるようになった。やっと本格的なChem-Bio Informaticsの時代がやってきたということができよう。それはよいとして、論議を呼ぶと思われるのは、やはりNIHが自ら医薬品の候補となるような低分子化合物の基盤的なlibraryとscreening centerをもつことと、研究体制改革の官民共同研究の円滑化とがどのような相乗効果をもたらすかである。  

結論としてNIHの新Roadmapは、人を驚かせるような内容も言葉も含まれてはいない。しかし、そこにこそ「世界の生物医学研究を先導し、国民の医療サービスや健康に違いをもたらす」という明確な目標牽引型の基盤研究機関としての意志が読み取れる。公表されている文書も大変わかりやすい。国の機関としてのこうした明快な意思表示をいつもうらやましく思う。
(詳しくはhttp://nihroadmap.nih.gov/を参照)
(神沼二眞)


 

Microsoftの創業者、脳研究に1億ドル拠出

 

Bill Gatesと共にマイクロソフトを起業したPaul Allenが1億ドル投じて脳研究のための研究所、Allen Institute for Brain ScienceをSeattleに設立し、"Allen Brain Atlas"と呼ばれる脳研究を開始するというニュースが去る9月16日に流れた。この計画がめざすのは NeuroscienceとGenomicsを駆使してマウスの脳で働いている遺伝子をその部位と共にMapすることである。この研究所は非営利であり、最初の1億ドルを呼び水として官民の研究費を集める予定という。 Atlas dataは一般に公開される予定であり、これと世界に広がる研究者の協力によりgenomeとbrainを結びつける科学の新しい可能性が開かれるだろうとAllenは期待している。Atlas projectはAllen Instituteの共同設立者Jo Allen Pattonと研究計画の責任者Mark Boguski(the University of Washington/the Fred Hutchingson Cancer Research Center)の下、80人規模の研究者で進められ、5年間で達成される予定であり、2004年には早くもデータが公開されるという。約3万と推定される全遺伝子のうち脳で働いているのは、その約2/3の2万ほどと推定されている。  

この研究には当然マイクロアレイ(遺伝子チップ)が使われるであろう。CBI学会が日本NCRの協力をえて昨年招聘を計画していて果たせなかった脳全体の部位ごとの遺伝子発現(Transcriptome)解析に詳しい、Salk InstituteのCarrolee Barlowによれば、信頼性のおける脳の部位ごとのデータを取ることには極めて高度な技術が要求されるという。Allen Projectがこの問題をどう解決するか興味深い。(詳細は、http://www.brainatlas.org/など)  

Allenの投じた1億ドル(110億円)は、経済大国の日本の相場から見ると、そう驚くべき金額ではない。我が国にも額では遜色のない寄付をしている篤志家や、Nobel賞と同額の科学技術分野の賞を出す財団を設立した実業家もいる。国も中曽根内閣時代に国際的な研究支援財源を設立したし、現在も内閣府が沖縄振興の口実の下に、不況と言われる時代に5年間で2,000億円ほどの金(私の予測)を投じて大学院大学を開設しようとしている。本年度計上された研究費だけで10億円である。これらの構想に共通しているのは、具体的にどのような研究を推進するかのVisionがないことである。国の金の出し方で共通しているのは、その目的や使途を外国の著名な研究者に丸投げしている(あるいはそう見せて一部の関係者だけで仕切っている?)ことである。要するに金は出すが、実質的に口は出さないのだ。明確な目的に投ずれば、大きな成果を上げられるのに、やたら年寄りを表彰したり、著名な外国学者の趣味に散じてあたら使ってしまうのは、如何にももったいない。例えば、その何分の一でもCBI学会に使わせてもらえるなら、間違いなく我が国の医療や医薬品開発に違いをもたらすことができるだろう。金をつくるには創意と工夫がいる。しかし金を効果的に使うにもやはり創意と工夫がいるようだ。 (神沼二眞)


 

03年大会を終えて

03年大会実行委員長 養王田正文(東京農工大学)

 

CBI学会2003年大会は,9月17日(水)から 19日(金)の3日間、こまばエミナースで開催されました。神沼先生から2003年大会の委員長に指名されたときは遠い未来のことだと思っていましたが、すでに過去のものとなり、思い出になりつつあります。  

当初はナノテクノロジーをテーマとして企画することを考えていましたが、CBI学会大会を会員の中で定着させるには各会員が研究や興味の対象を尊重するべきだと判断し、敢えて特にテーマを設定しないこととし、"New Frontiers for Chem-Bio Informatics"という曖昧なタイトルにしました。

CBI学会の会員の関心領域は広範なので、少数の委員だけでは到底最新の研究動向を知ることは不可能です。そこで、7つの関心領域それぞれに造詣の深い会員を集めて実行委員会を組織し、それぞれの領域ごとに講演者の選考を行っていただき、事務局は講演時間や予算の調整の役割を担うという方式を取りました。その結果、松澤先生の基調講演をはじめとして、いずれの領域においてもレベルの高い講演をそろえることができ参加者の皆様に満足していただけたと思っています。  

本大会の最も大きな成果はポスター発表の充実でした。過去3回の大会でポスター発表の数が着実に増加してきたことから、学会の中の最も重要な時間帯である初日と2日目の夕方の時間をポスター発表に当てました。同時にミキサー会場を併設し、ビールや飲み物を飲みながら討論できるようにした効果もあり、期待以上に活発な討論が行われました。ポスター賞の投票券を飲み物の引換券とした効果もあり、用意した飲み物をほぼ完売しました。  

少し残念だったのは、他の学会と日程が重複したため、予想よりも参加者が若干少なかったことです。特に、昨年共催したゲノムテクノロジーフォーラムと重なったことにより多くの参加者にご迷惑をおかけしたと思います。しかし、このような悪条件の中でも参加者総数が一昨年度よりも多かったにことはCBI学会大会が定着したことを反映しています。

 成功といえるかどうかは分かりませんが、本大会を通じてCBI学会の発展には少しは貢献することができたと思っております。  

最後になりましたが、本大会は実行委員や多くの皆様の多大な貢献により開催することができました。特に、事務局の仕事を一手に引き受けてくれた武村さんの貢献なしには本大会は開催できなかったと思っております。どんな組織や企画でも最も大事なのはそれを担う人です。今回の大会を通じて改めて人の重要性を認識した次第です。


 

公開シンポジウムを開催して

菊地進一(慶應義塾大学・先端生命科学研究所)

 

去る2003年9月17日、CBI学会2003年大会と併設して、公開シンポジウム「生体現象研究におけるシミュレーションと実験のクロストーク」が、こまばエミナースにて開催された。本シンポジウムは、これまでにCBI学会としては発表の少なかった、生体現象のコンピュータシミュレーション研究にフォーカスを当てたものである。この分野も、最近盛んに研究や発表がなされるようになり、いよいよCBI学会にも登場というわけである。  

そもそも、この企画立案が私に回ってきたのは、年会の約半年前に私が大会事務に送った一通のメールに始まる。大会のホームページに、ポスター発表の申込先しかなく、口頭発表の申込先は?と思って、宛先にある大会委員長であった養生田先生にメールをした。その回答メールでは、もう既に口頭発表者は決まっているので来年度にでも機会があれば、とのことで終わった。しかし、大会の2ヶ月前に、先生の遊び心(?)で「今週来られないかな?」というメールが突然届き、これまた自分のスケジュールもピタリと合ったので、伺ったところ、「1つセッションあげるから何か企画してよ」と突然言われ、その場で提案したものが通り、「じゃあそれ無料にして、軽食も付けて、公開シンポジウムにしようよ」と話がトントン進んで、その後、怒涛のスケジュールで開催にこぎつけたのであった。  

企画はユニークなものにしようと思った。シミュレーション研究の発表は、他の学会でも、よく聴くことができる。CBI学会でこんな面白いものが聴けたと感じて頂きたい。そこで、私が提案したのは、生体研究対象を同じくする共同研究者、すなわち「実験科学的アプローチと計算機科学的アプローチとの研究者による連続発表」であった。それぞれのコミュニティーにて、バラバラに研究成果を聴けることはあっても、どうしても、その世界で閉じてしまい、将来の 展望として話を濁してしまうことが多い。それを1つの発表としてしまうことで、「シミュレーションが実験科学に提唱できること」、「実験科学がシミュレーションに求めること」が本当の意味で明確になるであろうと考えた。また、本シンポジウ ムから、異分野の聴衆の新しい交流が形成されればと願った。  

しかし、これには、かなり密接な共同研究のチームが必要であり、それが連続発表のように見えるには相当な打ち合わせが必要であった。演者の方には、趣旨をよく理解して頂き、素晴らしい発表をして頂けた。演目は、「赤血球の代謝」と題して、中山洋一先生(慶大・先端生命研:シミュレーション)と末松誠先生(慶大・医:実験科学)が、「MAPK系シグナル伝達」と題して、畠山真理子先生(理研・GSC:実験科学)と木村周平先生(理研・GSC:シミュレーション)が、「神経細胞におけるシグナル伝達」と題して、私、菊地進一(シミュレーション)と竹居光太郎先生(横市大・医:実験科学)が発表を行った。どのグループも最新の知見を交え、「関わり」の部分を意識して頂き、企画の意図がよく実現されたものとなった。  

会議中の質問があまり多いとは言えなかったのが残念な点であったが、もう一つの期待するところであった、新たな交流の方は順調であった。私もシンポジウム後、大会実行委員を兼務していたこともあり、大会参加中、色々な方から声をかけて頂いた。今後、CBI学会でも、シミュレーション研究の認知度が高まれば、会期中の議論が白熱していくことが期待されるだろうという感触を得て、非常に充実感を得てシンポジウムを終えることができた。  

最後に、このような機会を与えて下さった養王田実行委員長を始めとする実行委員の皆様や、関係者の皆様に、この場を借りてお礼を申し上げます。


[事務局からのお知らせ]

役員会の開催報告

大会終了後、9月19日(金)4時半―6時、役員会が開催された。事務局が用意した資料に基づき、下記のような要旨で報告と討議が行われた。決定事項として、05年大会の実行委員長を小長谷理事に依頼することが決定された。

開催趣旨
 CBI学会は本年4月より個人会員資格を一部改め、学術交流団体としての組織強化を進めている。これにより、法人賛助組合を中核とした研究講演会、研究発表の機会としての年次大会の開催と論文誌CBI Journalの刊行を軌道に載せている。現在、新しい活動として会員の裾野を広めるための教育講座と研究開発事業の可能性を検討している。こうした現状を報告し、今後の運営に関して意見を交換することを目的とする。

報告討議事項
1.本年度の理事、評議員の紹介
2.本年度の活動方針と上半期の活動状況
3.懸案事項
 ・財務状況:前年度の支出超過の改善状況
 ・研究講演会の企画委員会の設置
 ・CBI Journalの刊行経費と投稿促進策
 ・本年度の大会および次年度以降の年次大会の計画
 ・25周年記念事業:国際集会と出版
 ・事務局機能の強化
4.その他の事項
 ・日本学術会議への代表者の選出  


05年大会の実行委員長決まる

大会時に開催された役員会で05年大会の実行委員長を本会の小長谷理事にお願いすることが決定された。主題としては"Pathways/Networks to Disease"を想定している。この主題は、CBI学会の関心領域の第3分野、第4分野、第6分野と関係しており、欧米ではSystems Biologyなどに関連して話題を呼んでいるが、CBI学会としてはすでに「Pathway/Networkから疾病モデルへ」という研究講演会などを開催するなどして、独自の取り組みを行っている。創薬をテーマとした04年大会を発展的に継承してもらえるものと期待している。(事務局)


本の紹介

 

「ゲノム創薬と未来産業:バイオテクノロジー・ビジネスクラスターの形成へ」
石川智久著 エルゼビア・ジャパン(2003年)1900円


 ヒトのゲノムをはじめとして、多様な動物と植物、細菌、ウイルスのゲノム解読読が猛烈なスピードで行われ、現在はほぼ収束段階にはいった。ゲノム情報に基づくバイオテクノロジー競争は、まさにこれからが本番である。これまでのようなゲノム解析情報を売りにするビジネスはもはや投資の対象ではない。国際的な研究課題およびビジネスの投資対象は、ゲノム情報にもとづく産物、即ち、医薬品、医療技術、診断機器、機能性食品、農産物などを創出する基盤技術である。そのような国際的なパラダイムシフトに対応すべく、我が国において21世紀型「バイオルネッサンス」の戦略と実行が早急に求められる。そのためには、広く国民にその重要性を理解して頂くことが重要であろう。そして、異文化領域の融合と「バイオテクノロジークラスター」の構築をいち早く実現することが必要であろう。
 この本「ゲノム創薬と未来産業」は、そのような切迫した時代背景に鑑みて、行政、ベンチャーキャピタル、マスコミ、ビジネス関係の読者を対象として、「バイオテクノロジー」と「ビジネス」との接点を解説するために、まとめた参考書である。生命科学を専門にしない方々にも理解し易いように、専門用語の使用を極力少なくし、難解な用語については「ひとくちメモ」の中で簡単な説明を付け加えている。(著者)

 

「ファーマコゲノミクス:21世紀の創薬と個の医療」
石川智久・監訳 テクノミック(2002年)9000円


 ゲノム研究の急速な進展に伴って、薬物の反応性と患者の遺伝的背景との関連性が薬理遺伝学とファーマコゲノミクスによって突き止められようとしている。個人の遺伝子情報と薬剤への応答性との相関を研究して、より効果的な医療を確立する基盤ができつつある。遺伝子多型に基づいて患者の薬剤応答性の差を明らかにすることは、今後「個の医療」を実現するために非常に重要である。Werner Kalow博士, Urs A. Meyer博士, Rachel F. Tyndale博士が編集したこの本「ファーマコゲノミクス」は、薬理遺伝学の歴史的始まりからファーマコゲノミクスにいたる経緯、薬剤に対する感受性(薬理効果/副作用)の個人間および人種間の差と遺伝子多型の関係、遺伝子変異を同定する新規ゲノム技術、最新バイオインフォマテイクス、疾患遺伝子を探索する技術等を、最新の文献とともに網羅的に紹介する。したがって、この本を読めば、ファーマコゲノミクスの根本的原理からその応用までの俯瞰図が得られる。2002年11月時点での最新情報が「訳注」に多く盛り込まれている。(監訳者)

 

「創薬サイエンスのすすめ:ポストゲノム時代へのパラダイムシフト」
石川智久・堀江透(編) 共立出版(2002年)4600円


 近代科学は19世紀に「種」が蒔かれ、20世紀にはそれが化学、物理学、電子工学、コンピュータサイエンス、生命科学の分野で驚異的な速度で「成長」を遂げてきた。そして、21世紀は近代科学の「収穫」の時代であるといえる。科学における「収穫」とは即ち、獲得した知識と技術を我々の社会にフィードバックすることである。「創薬サイエンス」とは科学的基礎研究で獲得した知識と技術を用いて、病気の患者を治療する有効で安全な薬を創出し、社会に貢献する総合的かつ学際的研究分野である。医学が病気の患者を直接治療することを目標にしているのと同様に、創薬は良質の薬を早く提供することによって、病気の予防と治療を達成することを究極的な使命としている。
 現在ゲノム創薬に向けた技術開発は日進月歩のすさまじいスピードで進展している。この国際競争時代を先行するためには、研究開発に関する意思決定を速やかに行わなければならない。ゲノム創薬においては個々の専門領域の基礎知識はもちろんのこと、応用力にも秀でたハイブリッドなセンスを兼ね備えた人材が必要である。若い人達に創薬研究の醍醐味を紹介し、次世代の創薬研究者を育成したいと考えて、「創薬サイエンスのすすめ」を編集し出版した。この本の中では創薬サイエンスのエッセンスが具体的な例とともに紹介されている。(編者)