CBI NEWS  復刊第10号 (抜粋) 2003年12月18日発行)


 

次年度の研究講演会主題の探索: 「ゲノム創薬」から「創薬のためのゲノム」研究へ


下記にも掲載していますように、本年度の研究講演会は3月19日の第241回をもって終了します。事務局では引き続き次年度の研究講演会の企画準備を始めています。ご存知のように次年度は大会のテーマが「ポストゲノム時代の創薬テクノロジー」ということで、CBI学会の主要課題である「医薬品の研究開発」が取り上げられます。そこで、次年度の研究講演会は、年次大会の内容を踏まえ、それとはできるだけ相補的に企画したいと考えております。

 CBI学会は、1999年頃のゲノム解読とその関連技術の台頭に適応すべく、ゲノム解読と関連技術に関する情報提供、情報交換に腐心してきました。しかし、最近のNIHの動きを見ると、ゲノム解読の成果とその関連技術を医薬品開発に生かすというより、ゲノム解読事業、すなわちF. Collinsを責任者とするNational Human Genome Research Instituteの目標を医薬品開発に振り向ける方向に舵を切ったように見えます。すなわち、「ゲノム創薬から創薬のためのゲノム研究」の時代がやってきたようにも思えます。創薬というテーマは、ゲノム研究の応用の中でもとりわけ中心的な課題になってきたとも言えましょう。次年度の研究講演会は、このような時代認識の下で企画、準備すべきではないかと考えております。このことに関し、会員の皆様あるいは外部(ビジター)の方々でも結構ですから、主題、講演者などに関し、ご意見がありましたら、kaminuma@cbi.or.jpまでご連絡ください。また、企画および講演会の世話人などを務めてくださる方がありましたら、同じくご連絡ください。                  (神沼二眞)


 

参考資料-1

 

以下は、上記の主題に関する私の雑記的な覚書です。ご提案の参考にしていただければ幸いです。一部、NEWS掲載の記事と重複します。

Chemical Genomics:  医薬品の標的候補タンパク質、Genome-wideな遺伝子発現やPathway/Networkの知識などを基盤として、候補標的に選択的に結合し生体に影響する低分子化合物のLibraryを作成しておくことによって、医薬品開発を効果的に進めようとする方法論。提唱者としては、Stuart L. Schreiber、Harvard Universityが良く知られている。(Stuart L. Schreiber, The Small-Molecule Approach to Biology, Chemical and Engineering News, March 3, (2003) pp.51-61)なお、こうした考えは最近発表されたNIHのRoadmap(CBI NEWS, 復刊8号,http://www.cbi.or.jp/cbi/CBInews/cbi_news.html)に反映されている。

Diversity-oriented synthesisとNatural Products:  Chemical genomicsの基盤技術の一つが、complexityに富んだ多様な化合物を合成する技術である。Combinatorial chemistryの進歩でchemical libraryの化合物の種類は増したが、本質的なcomplexityは向上していない。そこで天然物に近いcomplexityを有する化合物を合成することが、有機合成化学の進歩とともに、課題となってきている。また、天然物そのものを探索利用する方法への期待もある。しかし天然物からの有用化合物探索は我が国の多くの製薬企業では、むしろ撤収しつつある。英国や米国には新しい発想でこの問題に挑戦している企業がある。(例えばLarry Hardy, Aurigene Discovery Technologies; Michael Chaparian, SelectX Pharmaceuticals)Schreiberと同じDepartment of Molecular and Cellular Biology, Harvard University のGregory Verdineは、peptide receptorを標的とする活性のあるligandを生成する技術を"peptide morphing" と呼んで研究している。

Signaling perturbation and database:  Pathways/Networksに関わる実験データを知識としてcomputerの中に蓄える仕事が分子生物学だけでなく医薬品開発や医学においても注目されるようになった。Chemical genomicsは、こうした知識を基盤として低分子化合物を生体に作用させてpathway/networkへの影響をしらべ、医薬品開発に役立てようとする発想である。ここで重要なのは特定の医薬品の開発や疾病の理解と制御を目的に据えてしらべてみると、既存の知識ベースの内容が不十分なことである。そうなると改めて関心の対象となるpathway/networkを調べなおして見なければならないことになる。Chemical genomicsを意識しただけでないだろうが、欧米の製薬企業はpathway/networkに特化した企業(例えばIngenuity Systemsなど)と契約するところがでてきている。一方、我が国の場合pathway/networkが医薬品開発に必須の基盤知識であるという認識がまだ定着していない。Chemical genomicsを指向する研究者もどちらかと言うと、chemicalに眼が行ってpathwayを同定するbiologyの仕事にまだ、あまり注意を払っていないように見える。例えば、先頃(03年9月30日)に開催された「(株)リバース・プロテオミクス研究所公開シンポジウム」に招聘されたSchreiber研究室にいたJames K. Chen(現Stanford University)が、発生の重要なpathwayであるhedgehogの同定とその低分子化合物を駆使したpathwayのmodulationという、chemical genomicsの嚆矢といえる講演を行ったが、質疑はchemicalな問題に集中していた。これはChemical Genomicsに対する彼我の認識にはまだずれがあるように見える。いずれにしても医薬品開発には、pathway/networkに対応した、それらのmodulator, perturbation factorとしての低分子化合物の対が必要である。それをデータベースとしたものをSchreiberはChemBankと呼んでいる。例えば、pathway perturbationがmaicroarrayなどomics dataとして蓄えられるとしたら、どのようなデータ管理を行うべきかという問題がある。例えばSpotfireは自社製品のこうした分野への応用事例を報告している。

Multi-target, Multi-receptor analysis:  我々に馴染み深い医薬品でも標的(受容体)が知られていないものは多い。また、ある薬の受容体に複数の化合物が結合することはよく知られているが、ある薬の標的(受容体)が単一でないことは知られているようで案外問題にされていない。本来であれば、市場にある医薬品は速やかに構造と標的が同定されるべきであり、さらに標的への結合がもたらすpathway/networkへの影響、post-ligand binding signal transduction pathway、さらにそれらの遺伝的なvariationが同定されるべきである。これはRational drug design、Personalized medicine, Optimal drug regimenの前提であるが、いまだ基盤的な取り組みはなされていない。もちろんこの問題はcomputationalは方法論だけで解決できる問題ではないが、computational approachも寄与できる課題である。Department of Computational Science, National University of SingaporeのYu Zong Chenらの率いるBioinformatics & Drug Design groupはINVDOKというソフトウエアを開発し、multi-targetやChinese Traditional Medicineを意識したnatural productsの応用研究を進めている。(http://www.cz3.nus.edu.sg/~yzchen; yzchen@ cz3.nus.edu.sg)

Bioinformatics関連  医薬品開発とGenome, BioinformaticsというとProteomics、Protein-Protein Interactionという連想で多くの解説がなされている。しかしそれだけがBioinformaticsとdrug discoveryの繋がりではない。

Protein foldingとdrug discovery  最近のNature horizon symposiumは、この特集を組み、Protein foldingと創薬が直接的にむすびつく事例を紹介している

Pharmacophylogenomics  また、医薬品開発へのbioinformaticsへの期待はcomparative genomicsである。とくに、同一タンパク質でも種が違うと働きは異なる可能性がある。Leptinはその好例で、マウスの結果が必ずしもヒトに外挿できない。この点に関して私がもう少し詳しく教えて欲しいと質問すると、彼の同僚の教授の名前を挙げられた。後にインターネットで検索してみると彼らの興味深い仕事がいくつかでてきた。フリーで読める最近の論文は、Eric A. Gaucher, Michael. M. Miyamoto and Steven A. Benner, Evolutionary, Structural and Biochemical Evidence for a New Interaction Site of the Leptin Obesity Protein, Genetics, 163, 1549-1553(April 2003)である。化石学から年代を推定して、タンパク質の進化系統樹を解析するという、ゲノムと遺伝学を基礎にした研究手法が売り物である。実験動物モデルの限界を論ずるドラッグデザイナーな毒性学の研究者には有用な仕事であろう。

例えば、第233回の研究講演会でRichards教授が紹介してくれたタンパク質の進化的な解析が、創薬にも有用であるという議論を裏付けるような記事が最近のNature Reviews誌に掲載されている。この記事は、David B. Searls, Phamacophlogenomics: Genes, Evolution and Drug Target, Nature Reviews Drug Discovery, Vol. 2, August 2003, pp.612-623である。その趣旨は、医薬品の標的候補であるタンパク質に関する進化的な情報は、そのタンパク質の機能やそれに対応した配列、他のタンパク質との相互作用などを予測するために有用である。こうした知識は、そのタンパク質の役割をpathwaysやnetworksを含む広い立場から理解させてくれるものである。著者はGlaxoSmithKlineのBioinformatics部門の人である。

(参考資料2以下 略)