CBI NEWS  (2004年第2号 (抜粋) 2004年4月27日発行)


 

若手研究者の育成

 

新しい年度が始まった。今年度の話題は何と言っても、大学の独立行政法人化であろう。多くの大学が、教育や研究に加えて、産業の種を生み出すことを新しい使命に加え、この目標に邁進し始めた。果たしてこうした流れがこれからどのように展開していくのだろうか。すでに昨年度末の総会に関る資料の中にあるように、CBI学会の本年度の新しい課題は、教育や人材育成と、研究開発である。研究講演会、年次大会、学術誌の刊行と、近年CBI学会は着実に事業を展開してきたが、次なる課題と考えているのが、教育や人材育成と研究開発である。そのうちでも、どちらかと言えば、人材育成と教育講座の開催を事務局の取り組むべき優先課題に想定している。

このことは、年次大会やCBI Journalの刊行が、それぞれの委員会で円滑に推進されるようになってきたこととも関係している。この間に、事務局としては、研究講演会、人材育成と教育講座、研究開発を軌道に載せて行きたいと考えていた。これは昨年度からとくに意識するようになったことであるが、たまたま、広島大学大学院の量子生命研究プロジェクトセンターの相田美沙子教授の招きで、同センターを中核とする科学技術振興調整費による、「ナノテク・バイオIT融合人材教育プログラム」に、参加することになった。私自身は短い期限付きの任用であるが、図らずも、実際に大学院レベルの研究者の育成に関る機会をえた。このプログラムの詳しいことはウエブサイト(http:// nabit02. sh2.adsm. hiroshima-u.ac.jp/fujii/top.html)にあるので、ぜひ見ていただきたいが、以下ではCBI学会の観点から、人材育成について私見を述べてみたい。

CBI学会として、とくに若手の研究人材育成を視野に入れた、教育講座の開催や教材の作成を推進したいとは、昔から考えていたことである。しかし、実際には、学会として教科書1冊作成することもできていない。これにはさまざまな理由があるが、一つの理由は、計算化学はともかく、Bioinformaticsなどは、あまりに変化が激しく、とてもある程度の寿命の見込める本を書くことが不可能だということである。このことは、大学院レベルの自然科学の教育においても、物理学や化学はわりと息の長い教科書が存在しており、数十年前の教科書が結構使われているのに、生物学の場合は、古い教科書はまったく役に立たないということとも関係している。生き残っているのは同じ題名ながら、大幅な改定を頻繁に行っている世界的なベストセラー教科書だけである。もちろん、情報工学、計算機科学(工学)もそれに劣らず、内容が変化し続けている。生物学とITにまたがって仕事をしようということは、言ってみれば、2匹の荒馬を同時に乗りこなすスーパー・ロデオみたいな仕事なのである。

ただ、ITに関してはこうも言える。ITの進歩はより多くの人間がより簡単にITを使いこなす方向に絶えず進んでいると。先に若い女性二人が芥川賞を受けたことで話題になったが、そのうちの一人は、携帯電話で原稿を送るというやり方で、かなりの長編を仕上げている。いまや、生物学者も、特別な訓練を受けることなしに、膨大なゲノム・データにアクセスし、さまざまな解析手段を駆使して、それらのデータを利用するようになっている。こうなるとITの専門家の役割とはなんであろうかとい疑問がでてくる。P. Druckerは彼が関係する大学でかってコンピュータの人材育成のためのプログラムを申請してすぐ認められたことがあったと書いている。その秘密は、この計画を時限付きのものにしたことにあった。そういう人材がある程度育てば、それで十分という論理である。現在、Bioinformaticsの講座がいくつかの大学で設置されているが、いずれも任期(5年)付きのようである。この2月の理研で開催されたImmunoinformaticsに参加していた、シンガポールからの参加者(本籍はロシアのようである)は、「Bioinformaticianは、いつかいなくなるかもしれない」と言っていた。

果たして本当にそうであろうであろうか。CBI学会の視点で見たとき、現在最も急を要する課題は、「生物医学の知識が扱える情報学の専門家」の養成ではないかと考える。これからのITの大きな課題も「知識を扱う技術の開発」にあるような気がする。このことは、1960年代からの生物医学における計算や情報技術の発展を分析してえた結論である。計算機の計算能力は、相変わらず指数関数的に増大しているので、その応用としての、例えば、分子計算のような専門家や専門技能の可能性は増大し続けていくだろう。しかし、知識を扱う技術を開発したり、専門家を育成したりするためには、それとは違った視点が必要になる。さらに、そうした研究開発は、学際的にしか展開できないだろう。いま必要とされているのは、こうした人材の育成計画である。

もう一つ重要なのは、教育された人材が働く機会である。人材への要望があっても、育成された人材がよい仕事につけるという保証はない。よい仕事の機会や仕組みをつくることは、人材育成に随伴した重要な事業である。さらに、そうした人材が、自己の能力を磨きながら、転職していけるCareer Upの仕組みづくりが重要である。研究者の世界で任期付きが大流行になった現在、このことはすべての研究者について言えることかもしれない。

現在、事務局では多田会長とも相談しながら、こうした課題にどう取り組んでいけばよいかを模索している。ただ、何事も前例に囚われず、早く実践し、実験してみないことには答えはえられないだろう。現在事務局で進めているCBI学会のウエブサイトの改革や、8月に予定している、人材フェア(シンポジウム)などは、そうした方向への努力の一環である。この方向への動きには、すでに多くの協力者をえているが、関心のある方はぜひ、事務局に連絡していただきたい。(文責、神沼二眞)


 

以下の予定で人材フェア(シンポジウム)を予定しております。  現段階ではまだ企画案ですので、ご関心のある方は活発なご意見をお寄せください。   

 (CBI学会事務局 小宮山 cbistaff@cbi.or.jp

CBI学会人材育成シンポジウム

「先端的学際領域の専門教育と仕事の機会」(案)

開催趣旨: 最近IT, ゲノム、ナノなどの言葉が、先端的な技術分野として、マスメディアを賑わしている。この分野の専門家を志す学生や若手研究者も少なくない。こうした分野の専門性をどう身につけていくか、最初の仕事の口をどう探したらよいか、さらに任期つきの雇用条件の下で次の職をどう探すか、さらに一度就職しても自らの天職を求めてどう転職していくかなどについて、悩んでいる学生や若手研究者は少なくないであろう。CBI学会の人材育成事業の一環であるこのシンポジウムは、上記の分野の専門家、経験者をお招きして話しを聞くことにより、広く状況を把握しながら考える機会を提供することをめざしている。学生社会人を問わず、関心のある方々の参加を期待する。

日時:2004年8月18日(水)

会場:日本化学会 化学会館7Fホール

東京都千代田区神田駿河台1-5(JRお茶の水駅下車、徒歩4分)

プログラム    

世話人挨拶:開催趣旨と情報源    

T.「計算化学とバイオインフォマティクスの専門教育プログラム」      

U.「仕事の現状と今後の展望」    

V.「就職、転職、天職」       

W.総合質疑、討論

参加費:CBI学会の会員は無料。その他は資料代を含め、1,000円

情報交換懇親会(参加費無料)    軽い飲み物を用意する予定。