CBI NEWS  (2004年第7号 (抜粋) 2004年8月18日発行)


 

我が国創薬の基盤強化を目指して

 

CBI学会では、『我が国創薬の基盤強化を目指して』と銘打って、既存の研究紹介とは別に Grand Challenge と呼ぶ研究開発事業として蛋白質の計算を視野に入れた大規模計算の実現を支援してきた。例えば、計算手法として広く知られる北浦和夫博士によって理論的な基礎が確立された非経験的分子軌道計算手法(FMO 法)を応援して来た。この一環として計算化学研究会を発足させた。今年7月14日にはGAMESS版FMO 計算の体験学習を行った。この時は、世話人対象と考えて準備期間もとらず、講師の方々にも無理をお願いしたが、快く引き受けていただき、無事終了した。参加者の方からその時の感想をいただいたのでこれを下に掲載する。このときは直前になって、法人会員の方々にもお知らせは流したが、持ち込み計算機の設定時間が足りず希望されながら参加出来なかった会員もおられた。試行ということでお許しいただければ幸いである。先日年次大会に、世話人である大鵬薬品工業の多田氏、第一製薬の片倉氏、持田製薬の松末氏と産総研の上林等初めて全員が顔を合わせた。その折の意見では、この講習会は創薬現場にも有効であるとのことで、次の会合をCBIの Workshop として行おうという話になった。現在、10月を目処に企画を行っている。

創薬には様々な手法があり、一筋縄ではうまく行かないのは常識であるが、FMO法による大規模蛋白質の電子状態計算が各現場で可能となった今、精密分子計算の結果がどの様に創薬に結びつくのかする作業が次の段階であろう。計算化学研究会に継続的に参加された皆で経験を持ち寄って考えていく場を作っていければよいと考えている。

神沼二眞(広島大学)、上林正巳(産業技術総合研究所)


 

GAMESS/FMOワークショップに参加して

大鵬薬品(株)飯能研究センター 田口淳子

計算化学において研究者は、大きく2種類に分けられると思います。新たな理論や方法論を開発する立場と、ユーザーとして完成された理論を実際の系に対して適用していく立場です。勿論その両方をこなす方もおられると思うのですが、現場にいる研究者はユーザーであることが多いのではないでしょうか。今回のワークショップは、開発サイドとユーザーが会した貴重な機会であったと思います。  

当日は午前中のGAMESSのインストール講習から始まり、FMOのインプットファイルの作成、最終的な計算結果の解析に至るまで、一つ一つコマンドからきちんと教えて頂きました。講師の方々が大変丁寧に進行してくださったおかげで、1日でも十分に概要を理解することができ、実に有意義な1日でした。  

計算を行う前はタンパク質のフラグメント化に一手間掛かるのではないかと予想していたのですが、実際に計算を行ってみると簡単に実行することができました。現場への適用も十分可能であるとの印象を受けました。今後もこのようなワークショップの開催を通じて、FMO法がよりいっそう発展されることを期待しております。


CBI Journal最新号より

2004年7月13日に公開されたChem-Bio Informatics Journal, Vol. 4, No. 2には次の論文が掲載されています(本文は英語)。特に、第3報はCBI学会が2004年より調査を行った結果を踏まえたマイクロアレーのデータ解析に関するレビュー論文なので、ぜひお読みください。(http://www.cbi.or.jp/cbi/CBIj/frontJ.html

蛍光顕微鏡画像によるHeLa細胞でのタンパク質細胞内局在の自動分類

蕪山典子1、立野玲子2*、後藤敏行1、影井清一郎1、富樫卓志3†、菅野純夫3,4、恒川隆洋5、野村信夫4

1横浜国立大学大学院 環境情報学府 2東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所, 3東京大学 医科学研究所 4産業技術総合研究所 生物情報解析研究センター 5富士通株式会社 計算科学技術センター

要旨
  ヒト遺伝子の機能解明の手かがりとして、その産物であるタンパク質が細胞のどの小器官に局在するかに注目している。産 生タンパク質をEYFPとの融合タンパク質として発現させると、タンパク質局在は蛍光顕微鏡下で各小器官に対応した蛍光像 として観察される。約3万2千個と判明したヒト遺伝子の完全長cDNAクローンに対して網羅的に客観的な尺度によって局在 する小器官を高速に判定するシステムを開発している。顕微鏡像を画像として記録し、パターン認識手法によって画像を小 器官のカテゴリに分類するシステムである。ある遺伝子を導入しても細胞によって、現れる局在の像は多様である。本論文 では、この多様性に適合する画像の分類を提案する。各小器官を標識する局在ベクターを用いた試行実験で97.9%の認識率 が得られ、提案手法の有効性が検証された。今後は対象を完全長cDNAクローンによる局在へと拡張する予定である。


トキシコゲノミクスにおけるcDNAマイクロアレイ技術の標準化
〜cDNAマイクロアレイの研究を始めるための基礎的データー〜

水上 里美1,2、鈴木 徳英1、北河 恵美子1、岩橋 均1*

1産業技術総合研究所  2日本産業技術振興協会

要旨
  近年トキシコゲノミクス分野において、マイクロアレイは強力な道具の一つになりつつある。しかしマイクロアレイは未 だ発展段階にあり、標準的な解析方法は確立されていないのが実状である。これら解析方法の違いは遺伝子発現プロファイ リングにおいて、データーのばらつきの原因になると考えられる。この問題を解決するため多くの解析方法が提案されてい るが、これらの方法をトキシコゲノミクス分野に用いた場合、環境サンプルが少ないこと、実験コストが高いことなどの問 題点から、実際に用いることが難しいと考えられる。本研究ではトキシコゲノミクスにおけるcDNAマイクロアレイ解析の標 準化を試みるため、酵母cDNAマイクロアレイの基礎的なデーター解析について検討した。特に実用的解析方法の確立に焦点 を置き、少ない実験回数から信頼性の高いデーターを得る方法について検討を行った。その結果YPD培地で増殖した対数増 殖期の酵母細胞(A660=1.0)においては相関係数が約9.0を示し、高い再現性があることを明らかにした。また誘導遺伝子 を選択する場合、独立した3回の実験のうち2回以上の実験において2.0倍以上の遺伝子を選択すると、再現性の高いデー ターが得られることを提案する。


どれを選ぶか−マイクロアレイデータの解析手法と結果の解釈方法

張慶偉1*†、牛島理恵2*、河合隆利2、田中博1

1東京医科歯科大学生命情報学 2エーザイ株式会社シーズ研究所
†現住連絡先:味の素株式会社医薬研究所 *二人ともファーストオーサーである                      

要旨   
マイクロアレイ技術の進歩と発達にともない、そのデータ解析手法が、複雑な生物機構を解明する上でますます重要なス テップとなってきた。マイクロアレイのデータ解析方法は、異なる技術プラットフォームから得られるデータの違いや、多 様な研究目的に合致した結果を導くため、これまでに多くのものが提案されてきた。しかしながら、それらのデータ処理方 法の仕組みを知らずして個々のデータ解析の場面で最適なものを選ぶことは容易なことではない。本レビューは現在のデー タ解析の「入力」と「出力」部分、すなわち生データの規格化と代表値算出、そこで得られる興味ある遺伝子に関するオン トロジー解析とメタ・アナライシスに焦点を当てたものである。広く使われるようになった手法と最先端の手法の両者につ いて詳細な解説を加え、マイクロアレイのデータ解析のトレンドを概観したい。


CBI2004大会を終えて

CBI2004は7月30日(金)に3日間の日程を無事に終了致しました。猛暑の中、総勢350名程の参加者と講演者が、「ポストゲノム時代の創薬テクノロジー」というテーマで活気あふれる意見・情報を交換し合えたと思います。参加者の方々が最初にプログラムを見た時は、様々な専門分野の異なる内容の発表が雑多に並んでいるように感じられたかもしれません。しかしこれは、“異なる部分の思わぬ接触から こそ科学の進歩が起こるのである”と、フランスの物理数学者のポアンカレが言ってるように、創薬を柱として、いろいろな異なる専門分野の方々がこの大会で出会い、刺激し、情報を交換し合うことによって、新薬の種が生まれることを期待して企画したものです。まさに、このポストゲノム時代は、情報が氾濫しており、1人の人がすべての情報を統括して活用するのが困難な時代と言えます。創薬は“interdisciplinary applied sciences”であると言う観点から、この時期に上記のようなテーマでCBI2004大会を開いた意義は大きかったのではないでしょうか。この大会をきっかけにして新規医薬品開発の端緒が開かれることを期待してやみません。最後に、講演者・参加者はもとより、CBI事務局・実行委員会・大会スタッフ の皆様に深く感謝申し上げます。有り難うございました。

CBI2004実行委員長
北里大学薬学部 創薬物理化学研究室 教授 
広野修一


2004年大会 ポスター賞

優秀賞

[P2803]Induced Fit を考慮した蛋白質―リガンド複合体の構造構築:  ブラウン動力学シミュレーションによる構造最適化

山乙教之、加倉井隆一、広野修一

北里大学薬学部

[P2817]マススペクトルによるアミノ酸間結合強度を考慮した配列同定法

金澤光洋1,2、荻原 淳2、長嶋雲兵1

筑波大学数理物質科学研究科化学専攻1、株式会社メディカル・プロテオスコープ2

[P2933]FMOプログラムABINIT-MPへのMP2相関エンジンの実装と応用事例

望月祐志1,2、中野達也3、小池上繁2、甘利真司1、北浦和夫4

東京大学生産技術研究所1、アドバンスソフト2、国立医薬品食品衛生研究所3、産業技術総合研究所4


奨励賞

[P2813]分子設計トータルシステムToMoCoの開発

荒川正幹1、溝渕創一郎2、船津公人1

東京大学1、豊橋技術科学大学2

[P2819]創薬ターゲット発見へ向けたデータマイニングシステム

飛田 基、根本 昌、堀内 健、島田裕康、西川哲夫

株式会社リバースプロテオミクス研究所 情報科学部門

[P2903]キチナーゼ阻害剤argadinとargifinの結合親和性の違いに関する計算化学的研究

柳井雄一、合田浩明、広野修一

北里大学薬学部

[P2906]リガンド結合型および非結合型タンパク質の構造ダイナミクスの研究

沖本憲明1、中村 卓2、末永 敦1、二木紀行1、平野秀典3、泰地真弘人1、小長谷明彦1、 山口 勇2、戎崎俊一3

理化学研究所GSC1、理研植物科学研究センター2、理研3

[P2909]In silico リガンド探索システム BioStation Dock の開発2

佐藤智之1、福澤 薫1、青木孝造3、雨宮克樹2、小谷野和郎2、甘利真司3、谷森奏一郎2、 中野達也4

株式会社富士総合研究所1、アドバンスソフト株式会社2、東京大学3、国立医薬品食品衛生研究所4

[P2926]薬物の胎盤通過性に関する情報化学的解析

日比野有紀、藤原 崇、小林進一、坂本久美子、木原 勝、山内あい子、中馬 寛

徳島大学大学院薬科学教育部

(ポスター番号順)