今回は「iPS, ion channel, in silicoが拓く新しい創薬パラダイム」というスローガンの下、最新のiPS細胞技術と計算科学がイオンチャネル創薬研究と融合することによって創薬活動が大きく発展することを期待して大会を企画した。
イオンチャネルは生理機能に重要な役割を担っており、薬効および安全性のターゲットとして精力的に研究されている。しかし、イオンチャネル創薬は、ターゲットチャネルの選定、アッセイ方法あるいはキーとなる化合物取得などの難しさから、なかなか成果に結びついていない。細胞では多くのイオンチャネルが細胞全体の電気現象の制御に複雑にかかわっているだけでなく、イオンチャネル自体もリン酸化やカルシウムなどにより複雑に制御されており、1つのイオンチャネルだけを見ていては全体の作用を予測できないことも創薬難度が高い原因の1つであると考えられる。ヒト細胞を利用し総合的評価が可能になると、この壁を乗り越える大きなチャンスとなる。
ヒトiPS細胞技術は再生医療だけでなく創薬研究応用への期待も一段と高まっている。これまで創薬研究ではヒト遺伝子情報に基づき、タンパク発現細胞を作成し、ヒトタンパク質と強い相互作用を示す薬物を探索し創薬成功確率向上を目指してきた。しかし、ヒト標本の入手は難しく、細胞、更に組織、臓器、最終的には生体での薬効および毒性予測は、動物実験からの推測に頼るしかなく、ヒトでの予測確度は低いものであった。iPS細胞研究が更に進展すれば、種々のヒト細胞、また小さな組織標本も創薬研究にも利用できるようになり、薬効および毒性の予測確度向上に寄与するものと考えられる。しかし、このような技術が進んでもタンパク質との相互作用から生体での効果検証までにおいて、すべての段階を実験で埋めることは現実的に難しいだけでなく、時間およびコストという観点からも決して理想的ではない。
この使命を請け負うことのできるのは、これまで蓄積された生体情報と、その情報に基づいて計算によって解答を導き出す計算科学であろう。タンパク質と薬物の相互作用、細胞内の複雑な情報伝達、細胞間同士の相互作用、更にはホルモンや神経なども含めた生体での反応予測など、コンピューターの情報処理能力向上はこれらを可能にしてきている。薬物のイオンチャネルに対する作用情報と心臓シミュレーションを組み合わせた、不整脈誘発の副作用予測 in silicoシステム構築への具体的な取り組みも進んでおり、その結果も本大会で発表される予定である。また、この予測とヒトiPS細胞由来心筋での実験結果を統合することで、より信頼性の高い判断が可能になると考えられる。
ヒト細胞実験に基づいた最新の情報と、生体情報にもとづいた計算科学がうまくかみ合うことによって、イオンチャンネル創薬の扉をたたくだけでなく、新たな扉を開くことができるようになるであろう。今大会において活発な議論が進められることを期待している。