開催趣旨

  SBDDが創薬に利用されるようになって久しくなります。しかしながら、それが日本の製薬会社における創薬研究で最大限に活用されているかといえば、現実はそれに程遠いものと感じられます。構造生物学が創薬に十分に生かされていない理由の主なものは、実際に見たいターゲットの構造をタイムリーに取得するのが難しく、そして、構造を解析する速度が遅すぎて実際に製薬会社の求める創薬サイクルに供することができないことが挙げられると思います。これらの制限を回避するために、シミュレーションを利用する場合が多く、これまで構造生物学と情報科学は必ずしも最適な協調関係にあったとは言えません。
  近年の構造生物学の進展は、この状況を一変させる可能性があります。一つはクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析により、結晶を用いなくても生体分子の原子分解能の構造を得られるようになったことです。これにより、構造解析の対象は超分子複合体や染色体のような巨大で柔軟な構造を持つものへと広がりつつあります。別の興味深い動きとしては、自由電子レーザーを用いた動的構造解析が挙げられます。これはフェムト秒パルスのX線を用いてストロボ撮影のようにタンパク質の動きを捉える技術であり、これにより、数十フェムト秒で起こる化学反応からMDのシミュレーションでは計算機の能力から難しいミリ秒や秒にいたる広い範囲の時間分解能での構造変化のその場観察が可能になりました。
  これらの二つの方法に共通しているのは、その解析に情報科学が大きな役割果たしうるという点です。単粒子解析のサンプルは異なった状態の構造が混ざっており、これをどのように処理していくかは大きな問題ですし、これを逆手にとって、多くの粒子のイメージからタンパク質の構造変化を一網打尽にできる可能性があります。自由電子レーザーの動的解析においては、タイムポイントをつなげるため、そして同期が徐々に外れていき複数の状態が混じったものを分離するためにも計算機科学との組み合わせは不可欠であると考えられます。
  本大会では、上記の新手法やこれまでの方法の新展開なども含めて、構造生物学の新しい潮流をどのように情報科学と組み合わせ、それから創薬に役立つ情報を最大限に引き出すことができるのかについて、構造生物学と計算科学の専門家が集いディスカッションできればと考えています。

CBI学会2019年大会 大会長 岩田 想(京都大学大学院医学研究科)
  実行委員長 上村 みどり(帝人ファーマ株式会社)